新耳袋 第七夜
2002年6月にメディアファクトリーから刊行(角川文庫版は2005年6月に刊行)。
この第七夜は、手放しで褒める事ができない巻になってしまった。
何が駄目だったのか?というと、
・章立てがあざとい(タイトルを含めて)。
・文章が理解し難い。
・禁じ手の完全な崩壊。
第六夜で少し持ち直したかと思ったら、これである。残念だ、という一言で終わらせるの
は誰でも出来るので、少し第七夜を検証してみようと思う。
この七夜のテーマは「縁(えん・えにし)」だったのではないだろうか?
収録されたエピソードを見ると、全ての章に渡って「縁」を感じる事ができる。
怪異が起こった場所に居合わせたのも縁なら、怪異を体験したのも縁である。また、その
怪異の周辺にある人々も縁で繋がっている。体験者と著者のように。
中々凝ったテーマであると思うし、その試みは一応成功しているようだ。
だが問題は、他にある。
まず、章タイトルや収録された話のタイトルがあざとすぎて萎える。百鬼夜行という意味
があるかといえば、ない。当て字とかそういった物に拘るより、他にこだわる部分がある
はずだが、それを蔑ろにしている。そう、第七夜は文章と禁じ手に最大の問題がある。
新耳袋の禁じ手は「祟り・呪い・因果・因縁」を書くことである。
これらを排して、純粋に怪異を記録するのが新耳袋だったはずだ*1。
だが、第七夜にして、完全に禁じ手は崩壊した。
特に最終章*2である「第十章 縁にまつわる十四の話*3」など、祟りや因縁が重要な部分に
なっている。その部分を省くと、成り立たない話になってしまうのだ。
著者の思惑はどうか知らないが、はっきり言って禁じ手が墓穴を掘ったといえるだろう。
そして、文章である。
最初読んだ時に、自分が「アホになった」かと思うくらい文章を理解するのに苦労した部
分が多々あった。例えば誰がその行動を取ったのか?とかそれは何を指しているのか?等
「主語と述語」という基本的な部分に問題があるのだ。もちろん他にもあるが特に酷い。
基本的に文章を読みなれてくると、脳内補完という技術が出来てくる。
多少おかしな文章であっても脳内で補完して内容を理解する事が出来るようになるのだ…
が、流石の脳内補完機能も第七夜ではエラーが出てしまった。
「無駄を排した文章」という褒め言葉が囁かれる新耳袋だが、無駄じゃないものまで排して
あるのは問題だろう。第五夜辺りから恐れていた事がだったのだが…。。
文庫版で直っている事を祈る。
新耳袋で一番再読率が低い巻となってしまった第七夜。
続く第八夜は大丈夫なのか…?それは次の感想文にて。
- 作者: 木原浩勝,中山市朗
- 出版社/メーカー: メディアファクトリー
- 発売日: 2002/06
- メディア: 単行本
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