奇譚草子

実は最近『小説家が書く実話怪談もの』に興味がある。
怪談専門外の小説家が書いた実話怪談というのは、結構面白いと思うのだ。
意外とシンプルに「あったこと・訊いた事」を書き綴っているので、さらりと読めてしま
う。けれど、シンプルな分、逆に恐怖度が高くなる事が多い。
その辺りが面白くて、少しづつ読み漁ってきたのだが、中々のものもあれば、そうでない
ものもあった。エッセイの中の一編として語られていたりする事が多いので、満足感が足
りないと感じることもしばしば。それでも、当たりを探して読んでしまうのである。
これを怪談好きの業と言わずして、なんと言うのか(笑)。


その中でもまず最初に紹介しておきたいのが、この「奇譚草子」だ。
あの「夢枕獏」氏が書いた、怪談・ホラー短編集である。1988年発表なので、意外と
古い書籍であることに、まず驚く。そのせいだろう。ハードカバー版や文庫版など様々な
ヴァージョンが存在するが、今回は文春文庫版で。


「奇譚草子」は、夢枕獏氏が見聞きしてきた怪談をまとめたものなのだが、これは文庫の
約半分を占める割合で収録されている。残りはホラー短編小説で構成されているのが特徴
だ。ホラー短編集としてみても、中々面白い掌編集である。
しかし、ここでは「奇譚草子」にしぼって書くことを了承いただきたい。


『ガキの頃から奇妙な話が好きだったのである』という夢枕氏の趣味が反映された「奇譚
草子」だが、実はかなり上質な実話(?)怪談集になっている。
中には「何度も雪の中に埋めた死体の話」のようなフィクションものも混じっているが、
それを補って余りある中々高品質な怪談が並ぶのだから、堪らない。


夢枕氏の軽妙な文体で次から次に語られる奇妙な話は、実話怪談好きも唸らせる事必死だ
ろう。いい意味で力の抜けた語り口が、逆に恐怖を演出しているのが流石。
一つ一つのエピソードの積み重ね方も的を得ていて素晴らしい。
もちろん連載中にあったやりとりも収録されており、ライブ感溢れている点も見逃せないだろう。
(奇譚草子は「小説現代」で半年ほど連載されたものをまとめたもの。)


「祖母もの」の厭な怖さといい、「夢枕氏の知り合いもの」といい、実に不思議で怖いエピソー
ドが揃っている奇譚草子だが、残念なのは「もう少し分量が欲しかった事」だ。
文庫本約半分程度ではなく、丸々一冊『奇譚草子』でも良かったと思うのだが、どうだろうか。


夢枕氏のファンの方以外も、是非読んで欲しい一冊である。

奇譚草子 (文春文庫)

奇譚草子 (文春文庫)